人手不足が深刻化する介護現場で残業時間が過多の職員が出てきており、監査(労働基準監督署の臨検)まで見据えて対策を考えている、そんな介護施設の責任者や勤怠管理者もいらっしゃるのではないでしょうか。ここでは、どのような監査・臨検のリスクがあるや、勤怠管理システムで残業アラートを出せること、アラートが出た後の事業所での対応などをご案内しています。ぜひこの記事を読んで勤怠管理システムの選定に進んでみてください。
1. なぜ今、介護事業所の「残業対策」が急務なのか?―監査・臨検のリスク
介護の現場で日々奮闘されている皆様にとって、人手不足の中での業務遂行は大きな負担を伴います。しかし、その「頑張り」としての残業が、今、事業所の存続に関わる重大なリスクとなっています。それは、行政による2つの厳しいチェック体制、すなわち「労働基準監督署の臨検」と「介護保険の実地指導・監査」が、残業時間や勤務体制をかつてないほど厳しくチェックしているからです。
この章では、介護事業所が直面している労働時間管理の現状と、超過労働が引き起こす具体的なリスクについて解説します。
1-1.介護事業所が直面する2つの行政チェック体制
介護事業所は、労働法と介護保険法の両面から行政の監督を受けています。このうち、残業対策を怠った場合に直接的な罰則のリスクとなるのが「臨検監督」です。
【厳格なチェック】労働基準監督署による「臨検監督」
労働基準監督署(労基署)が行う「臨検監督」は、労働基準法や労働安全衛生法などの法令遵守を確認するための立ち入り調査です。特に、近年、人手不足が深刻な介護業界は、長時間労働やサービス残業(残業代未払い)が発生しやすい業界として、労基署の監督指導の対象になりやすくなっています。
- 焦点となる項目
労働時間管理が適正か、36協定(時間外・休日労働に関する協定)の上限を超えていないか、休憩時間が確保されているか、そして最も重要な「未払い残業代が発生していないか」という点です。 - リスク
法令違反が確認された場合、是正勧告や指導票が出され、悪質な場合は送検(書類送検)や罰金刑に繋がる可能性があります。
【人員配置が焦点】都道府県・市町村による「実地指導・監査」
都道府県や市町村が実施する実地指導や監査は、主に介護保険法に基づき、介護サービスの質や介護報酬請求の適正性を確認するものです。残業時間そのものを直接チェックするわけではありませんが、実地指導の際に提出を求められる「勤務体制一覧表」「出勤簿」から、超過労働や不適切な勤務実態が明らかになることがあります。
1-2.臨検・監査が残業超過を問題視する理由
超過労働が行政から厳しく追及される背景には、「法令違反」という側面だけでなく、「利用者の安全確保」という重大な理由があります。
- 法令違反による罰則のリスク
労働基準法では、法定労働時間(原則:1日8時間、週40時間)を超えて労働させる場合、事前に労使間で36協定を締結し、労基署に届け出る必要があります。さらに、この36協定で定めた残業時間にも上限規制が設けられています。この上限を超えた労働(超過労働)は、明確な法令違反です。 - 「名ばかり管理職」など、介護事業所特有の未払い残業代事例の増加
管理監督者(管理職)には残業代の支払い義務が一部免除されますが、介護業界では役職名だけ与えられた「名ばかり管理職」が多く存在します。労基署は、実態として管理職としての権限や待遇がないと判断した場合、過去に遡って未払い残業代の支払いを命じます。
2. 超過労働(残業)が引き起こす具体的なリスクと違反の境界線
超過労働を未然に防ぐためには、まず「何が法的なリスクとなるのか」「どこからが違反と見なされるのか」という境界線を正確に理解することが不可欠です。本章では、介護事業所が特に注意すべき労働基準法上のルールと、現場に潜む「隠れ残業」のリスクについて解説します。
2-1. 法定労働時間の基本と「36協定」のルール
残業の適法性を判断する上で、すべての事業所の基本となるのが、労働基準法で定められた法定労働時間と、時間外労働を可能にする36協定のルールです。
法定労働時間の基本
労働基準法では、労働時間は原則として以下の通り定められています。
- 1日 8時間
- 1週 40時間
これを超えて労働させた場合、たとえ残業代を支払っていても、事前に労使間で「時間外・休日労働に関する協定届」、通称36(サブロク)協定を締結し、労働基準監督署に届け出ていなければ、それ自体が法令違反となります。
36協定の上限規制のライン
36協定を締結したとしても、無制限に残業をさせられるわけではありません。働き方改革関連法の施行により、残業時間には厳しい上限規制が課されました。以下は原則的な残業の上限時間です。
- 1ヶ月 45時間
- 1年間 360時間
この原則的な上限時間を超えて労働させる必要がある場合でも、「特別条項付き36協定」の締結が必要であり、さらに以下の厳格な規制を守らなければなりません。
- 年間の上限は720時間以内
- 複数月(2~6ヶ月)の平均は80時間以内
- 単月で100時間未満
この上限規制に違反した場合、事業主には「6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金」が科されるリスクがあり、これは臨検監督において最も厳しくチェックされる項目の一つです。
2-2.介護特有の「隠れ残業」と判断されやすいグレーゾーン
労働時間の定義は「使用者の指揮命令下に置かれている時間」です。介護現場には、業務上不可欠でありながら、日常的に「労働時間外」として処理されがちな「隠れ残業(サービス残業)」が多く存在します。臨検監督では、提出されたタイムカードだけでなく、職員へのヒアリングを通じて、実態として労働時間に該当しないかを確認されます。
●隠れ残業の例
- 制服への着替え
- 申し送り・記録記入
- 研修・ミーティング
- 休憩中の待機・対応
特に夜勤における「休憩・仮眠時間」の扱いは要注意です。休憩中にコール対応や見守りといった業務が組み込まれており、自由に身体を休めることができない状態であれば、その時間は労働時間として扱われ、結果的に残業時間が超過していると見なされます。
2-3.監査・臨検の前に準備すべき「客観的な証拠」とは
行政のチェックが入った際、事業所が労働時間管理の適正性を証明するために求められるのは、「客観的な証拠」です。手書きの出勤簿や、管理者が修正できるExcelデータは、客観性に欠けると見なされるリスクがあります。厚生労働省のガイドラインに基づき、事業所が備えるべき最も重要な客観的証拠は以下の通りです。
- 勤怠ログ
打刻は、ICカード、指紋認証、PCログ、Web打刻などの客観的な記録であること。管理者による修正履歴が明確に残されていること。 - 賃金台帳・労働者名簿
労働時間に基づいて、残業代(割増賃金)が正確に計算され、支払われていることを証明する書類。 - 36協定届
有効期限内の協定書が、適切に労働基準監督署へ届け出されていること。協定で定めた上限時間を超えていないこと。
これらの証拠を正確に記録・管理するためには、人為的なミスや不正の余地を排除する勤怠管理システムの導入が、臨検・監査リスクを回避するための前提条件となります。次の章では、このシステムに搭載された「残業アラート」の具体的なメカニズムに焦点を当てて解説します。
3.超過労働を未然に防ぐ勤怠管理システムの残業アラートのメカニズム
手作業による勤怠管理が抱える最大のリスクは、超過労働の事実を「月末や給与計算時」になって初めて認識することです。この時点では、すでに残業時間の上限を超過しており、法令違反が確定してしまっています。
この「手遅れ」の状態を根治するのが、勤怠管理システムに搭載された「残業アラート」機能です。本章では、アラート機能の役割と、それを最大限に活用するための具体的な設定ライン、および管理者側の対応フローを解説します。
3-1.勤怠管理システムのアラート機能が果たす役割
残業アラート機能は、単なる労働時間の上限設定ではありません。その役割は、法令違反というリスクを回避するための「予測」と「警告」によるリアルタイムなリスクマネジメントです。
予測と警告によるリスクマネジメント
アラート機能の核心は、残業が「発生した後」ではなく、「発生する前」に介入する機会を管理者に与える点にあります。
システムは、職員の毎日の打刻データに基づき、月の残業時間の合計をリアルタイムで集計し続けます。そして、管理者があらかじめ設定した「閾値(いきち)」に到達すると、メールやシステムの通知画面を通じて、管理者と本人に自動的に警告を発します。
これにより、管理者は月の途中で業務量の偏りや過重労働の傾向を把握し、以下のような「予防的措置」を講じることができます。
- 業務の振り分けやシフトの調整
- 職員へのヒアリングと業務効率化の指導
- 残業申請の承認前にストップをかける判断
3-2.アラート設定でカバーすべき具体的な「3つの時間ライン」
臨検・監査リスクを完全に回避し、健全な労働環境を維持するためには、法定上限ギリギリで警告を出すのではなく、段階的かつ予防的にアラートを設定することが重要です。
| アラートの種類 | 目的 | 設定推奨ライン(例) | 警告対象 |
| 1. 超過予報(予防警告) | 36協定の上限到達を予測し、予防的措置を講じる | 45時間上限の70%~80%に相当する 30時間~36時間到達時 | 管理者、本人 |
| 2. 法定上限到達(即時警告) | 法定違反の確定を通知し、直ちに是正措置を講じる | 36協定の原則的な上限45時間到達時 | 管理者、人事部門 |
| 3. 特別条項の上限到達 | 特別な事情がある場合でも、年間の制限などを遵守させる | 特別条項の上限(例:月60時間、年720時間)の90% | 管理者、経営層 |
特に重要なのが、超過予報アラートです。例えば、月の上限が45時間の職員が20日目で残業30時間に達した場合、システムが管理者へ警告します。管理者は残りの10日間で残業をさせないよう業務調整を行うことで、45時間の上限超過という法令違反を未然に防ぐことができます。
3-3.アラート発動後の「施設管理者」の具体的な対応フロー
アラート機能は、設定して終わりではありません。重要なのは、アラート発動後の管理者の迅速かつ適切な対応です。この対応こそが、行政指導時のリスク管理体制として評価されます。
- アラート確認後の残業を防ぐため本人へ指示
システム上で強制的に時間外打刻を不可に設定することも可能 - ヒアリングと原因究明
- 業務調整と是正
- 記録と報告
勤怠管理システムのアラート機能は、管理者と職員の負担を軽減し、法令遵守を「自動化」する強力なツールです。次の章では、このアラート機能を最大限に活かすために、介護事業所がどのように勤怠管理自体を適正化すべきかについて解説します。
4.残業アラートの仕組みを支える介護事業所における勤怠管理の適正化
残業アラート機能は、正確な勤怠データがあってこそ初めて効果を発揮します。裏を返せば、データ自体が不正確であれば、アラートは誤作動を起こすか、法令違反を見過ごすリスクを負います。
介護事業所は、特に複雑なシフトや特有の労働環境を持つため、勤怠管理の「適正化」が不可欠です。本章では、アラート機能を最大限に活かすために、システム導入と並行して行うべき管理体制の整備について解説します。
4-1.労働時間の「客観的記録」義務の徹底
労働基準監督署が臨検に入った際、最も重視するのは労働時間の「客観性」と「正確性」です。手書きや自己申告による記録は、職員が休憩時間を労働時間と誤って申告したり、管理者による修正・改ざんの疑いを招いたりするリスクがあります。
客観的記録の原則
厚生労働省のガイドラインでは、労働時間の記録は原則として以下のいずれかの方法によるべきとされています。
- 使用者(管理者)が現認する方法
- タイムカード、PCの使用時間の記録などの客観的な記録を基礎とする方法
勤怠管理システムを導入する際は、ICカード、指紋認証、スマートフォンによる位置情報付き打刻など、打刻時刻の正確性が高く、管理者が容易に時刻を修正できない(修正履歴が残る)方法を採用することが、客観性を担保する鍵となります。
4-2.変形労働時間制と残業時間の複雑な計算
多くの介護事業所では、業務の繁閑に合わせて効率的にシフトを組むため、「1ヶ月単位の変形労働時間制」を導入しています。この制度を導入している場合、残業時間(割増賃金の対象となる時間)の計算が非常に複雑になります。
複雑な計算の落とし穴
変形労働時間制における残業(法定外労働)は、「1日単位」「1週単位」「変形期間全体」の3つのステップで判断する必要があり、手計算やExcelでの管理では、管理者であってもミスを犯しやすい領域です。例えば、ある特定の日が所定労働時間(法定内)を超えても、週や月の法定労働時間の枠内に収まっていれば、割増賃金(残業代)が発生しない場合があるなど、判断基準が多岐にわたります。勤怠管理システムは、この複雑な変形労働時間制の計算ロジックを自動で組み込むことができます。システムが正確に法定内残業と法定外残業を区別し、残業時間を集計することで、未払い残業代リスクを根本から排除し、アラート機能の精度を高めます。
5.残業アラート機能に着目した勤怠管理システムのご案内
ここでは残業アラート機能に着目した勤怠管理システムをご案内ご案内いたします。
| システム名 | 主な機能の方向性 | 残業アラート機能の有無 | 介護対応の強み |
| カイポケ | 介護経営支援/業務効率化 | 〇(長時間労働アラート、設定可能) | 業界最大手。介護請求、記録、採用、給与計算までトータルカバー。常勤換算チェック機能あり。 |
| CAERU勤怠 介護 | 勤怠・シフト管理特化型 | 〇(段階的な警告設定が可能) | シフト表と連動し、人員基準違反を未然にチェック。複雑な労働条件にも強い。 |
| ShiftMAX | シフト・勤怠管理特化型 | 〇(上限超過前のアラート) | 複雑なシフト作成と管理に特化。人件費のシミュレーション機能で経営管理にも役立つ。 |
| Care-wing (ケアウイング) |
訪問介護記録・勤怠特化型 | 〇(訪問実績と連動) | 訪問介護に特化。リアルタイムの訪問実績(GPS/NFC)と連動した正確な勤怠管理。 |


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